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建築は住宅に始まり住宅に終わる
住宅作家なんて言葉が建築業界にはあります。
一級建築士は住宅からビルまでこの世の全ての建築物を全ての規模で設計することがゆるされています。
大学時代の設計課題も住宅からスタートし、美術館、小学校、オフィスビル、複合施設と大きなものへと移行していきました。
当時は(今も?)実際に設計事務所に身を置いて無償の代わりに勉強や経験をさせていただく「オープンデスク」という制度がありました。
私は女性初の建築家集団である、林・中原・山田設計同人の中の一人、中原暢子研究室に所属していました。
大学4年時に当時研究室の助手である村田あが先生が親友ということでかの一連の星のやの設計で一躍時の人となった東 環境・建築研究所の東 利恵氏の事務所を紹介していただき
(当時は東 孝光が代表)晴れて仕事をさせていただくことになりました。(星のや軽井沢は現場進行中だったと記憶)
設計事務所での仕事に興味深々だった私。「青山というおしゃれな土地に毎日通勤する私」に有頂天になり、青山の街を毎日ルンルンに闊歩しながら事務所に通勤していました笑。
地下鉄サリン事件が起きた時、私は国会議事堂より手前の表参道で下車していました。
事務所に着くと所長が親御さんから電話あったよ!とみなが見ているTVの内容からどうやら大変な事件が起きたのだと知ったのでした。
ちなみに近くにはオウム真理教の青山総本部もありました。
話はそれてしまいましたが、バイト生は青山のアトリエと共にかの有名な東 孝光設計の「塔の家」を見学できてしまう特典があるのです!
ワタリウム美術館の道路むかえに静かに佇む塔の家。新建築のバックナンバーではコピーして穴が開くほど見ていた建築が目の前に!!
震えました。外観は主張しすぎずに街にスッと溶け込んでいる印象。
いわゆる狭小住宅なのですが、内部は期待以上でした。特にキッチン周りの工夫に目を見張りました。吹き抜けも空間を広げるのに何役もかっていました。
あの吹き抜けにはイサム・ノグチの「AKARI」しかないんですよね!本当に荒々しいコンクリート打ち放しの空間にピッタリとあっていました。
そんなこんなでどかーんとカウンターパンチをくらい住宅って面白い!!設計事務所って面白い仕事ができそうだぞ!!
と就活はほどほどにドロップアウトしていったのでした笑。
時は流れて一級建築士の学校で知り合った女性の友人が結婚することになり、場所が軽井沢の教会でした。
めでたい!と共に当時から傾倒していた吉村順三の「軽井沢山荘」を一眼みたい!!と計画を立てたのでした。
当時はSNSなどはない時代。あるかたのブログで住所が分かり、タクシーの方に連れていってもらいました。
当時から自然素材の魅力に惹かれており、(20代は一時ログハウスメーカーに勤務)
そんな私には彼の作る建築はまさに憧れでした。季節は初夏でしたが、木立に見え隠れする自然の風景を遮らない控えめな外観が私の心を惹きつけて離しませんでした。
中には入れませんでしたが、忘れられない体験となりました。
こうして住宅の設計をこの先もずっとやっていきたいと心に決めた大切な出来事になりました。
その後住宅作家である建築家、湯浅剛のアトリエ六曜舎入所へと道が続いていくのですがその話はまた、別の回で!
